2017年12月7日(木曜日)
東京江東区の富岡八幡宮の前の路上で、宮司の富岡長子(58)さんが殺害された事件が起こった。
長子さんを日本刀で切りつけたとみられているのが、元宮司で弟である富岡茂永(しげなが)容疑者(56)。
自殺した弟が、犯行直前に書いたと思われる手紙をマスコミが入手。
その手紙には、宮司の地位などをめぐるトラブルについて、自らの主張、姉 長子さんらへの強い恨みが綴られていた。
茂永容疑者が事件直前に書いたとみられる手紙について
茂永容疑者が、事件直前に関係者に送ったとみられる手紙は、ワープロでA4用紙8枚にわたる。
消印は事件翌日の12月8日付け。
事件が起こったのは、12月7日のため、この手紙は事件直前に投函されたと思われる。
手紙の最後には、茂永容疑者の直筆とみられる署名と拇印が。
書き出しは、
まずは約30年に亘り続きました、富岡家の内紛について、その真相を此処にお伝えさせて頂きます。
8ページの手紙の前半は、茂永容疑者が富岡八幡宮の宮司を辞めた経緯について、書かれていた。
神社界や氏子達に私を誹謗中傷する怪文書が大量に出回り始め、それと平行して、長子が中心となり、私を辞めさせるためのクーデターが画策され、…
私が辞めれば得する人間対私と再婚したての妻真理子との戦いという構図でした。
さらに、手紙の中で、特に強く訴えていたのが、長子さんの宮司就任反対。長子さんに対する強い恨みが見えてきた。
他にも、長子さんが神社の敷地内に私的な豪邸(超豪華な500平米の豪邸)を建てたこと、飲食店で豪遊(新宿のホストクラブ通い)していることに触れ、宮司にふさわしくないと批判している。
富岡八幡宮の末代までの恥さらし、富岡長子を富岡八幡宮から永久追放しましょう。
手紙には、茂永容疑者の息子を宮司にすることを要求することも書かれていた。
実行されない場合は、死後に於いてもこの世に残り、怨霊となり永遠に祟り続けます
手紙には、犯行後に自殺することを示唆する言葉も残されていた。
私は、私を罠にはめた卑劣な奴らを絶対に許しません。
死んでもこの世に残り、怨霊となり私を罠にはめた奴らと、当時の責任役員とその子孫に祟り続けます。
事件の一番の引き金は、2017年9月末に富岡八幡宮が神社本庁を離脱し、長子さんが宮司になったことだと思われる。
長年続いた、跡目をめぐる骨肉の争い。強行に至ったその背景とは
390年前に創建された、歴史ある富岡八幡宮。
事件は、この富岡八幡宮の前で発生した。
2017年12月7日(木曜日)の午後8時半ごろ、茂永容疑者とその妻、真理子容疑者(49)は長子さんが来るのを待ち伏せ。
事件後わかった話しでは、現場近くで約1時間前から待ち伏せしていたとみられる。
長子さんが車から降りたところで、茂永容疑者が日本刀で襲撃した。
長子さんは搬送先の病院で死亡。
長子さんの腕には、抵抗してできたとみられる傷が複数あることから、日本刀で執拗に狙い、強い力で切りつけたとみられている。
一方、真理子容疑者は、車から逃げる運転手の男性(33)を100メートルほど追いかけ、腕を日本刀で切りつけた。
運転手は重傷。
犯行後、茂永容疑者と真理子容疑者は、神社の敷地内へ。
そこで、茂永容疑者は、真理子容疑者の胸や腹などを刺したあと、自ら胸を刺し自殺。
二人とも死亡した。
次のページでは、富岡家の内紛とは何かが書かれています。